Journal d'Une Inconnue

極私的備忘録

「SHERWOOD 刑事シンクレア シャーウッドの事件」

最近見た中で一番見応えがあったドラマシリーズ。

タイトルのシャーウッドは、まさにロビンフッドの住処ノッティンガム州シャーウッドの森。

行ったことがないので実際には知らないのだが、ドラマによるとこの辺りはかつて炭鉱で栄えた町だったらしい。

この地域が辿ったその後は日本各地にあった炭鉱の町と同じだ。

エネルギー革命により徐々に規模を縮小し、人員整理、そして閉山。その過程で労働者のストライキ、組合の分裂やスト破りが起きて労働者間に、その家族間に、さらに家族内でも分断が起きてしまう。廃山に伴い多くは町を去っていったかもしれないが、当地に残った人も少なくない。日本の場合は分からぬが、このドラマで描かれる町では当時ストを巡って袂を分かった人たちが袂を分かったまま隣人同士として暮らし続けている。互いへの憎しみや怒りをマグマのように抱えたまま三十年も。

そんなふうにぎすぎすした町で、かつて急進的組合のリーダー格の活動家だった初老男性が深夜パブの帰りに弓で射られて殺される。地元警察は当然、過去のわだかまりから起きた事件として捜査を開始。すると今度は若い地元保守系女性議員(父親は当時炭鉱=体制側のバス運転手)の殺人事件が起こり、両件は関連づけて捜査されるが……

 

実際にこの地で立て続けに起きた2つの別個の事件を題材にしているという。

https://www.nottinghampost.com/news/nottingham-news/bbc-one-sherwood-real-story-7169789

https://www.mirror.co.uk/tv/tv-news/sherwood-true-story-jealous-dad-27231084

https://www.esquire.com/uk/culture/a40287331/sherwood-true-story-bbc/

 

あくまでも題材であるから両者を関連づけた劇的な展開と結末に仕立てることも可能だったろうが、ドラマのほうも無理なこじつけはしなかった。蓋を開けてみれば偶然同時期に起こった全く別物の、それも過去の怨恨とは無縁の事件だったという顛末に持っていきながら、両事件の犯人をシャーウッドの森で出会わせるという脚色を加えている。

巧い。この手の題材を使うと往々にして「正しさ」の誘惑に駆られてしまいがちだが、現実はそうなんでもかんでも映画やドラマのように劇的にはつながらないし、実際の我々の人生は複雑で割り切れないものと踏みとどまることで、すなわち力業で正義を行使しないことで、これみよがしなプロテストものにも紋切り型の勧善懲悪・復讐ものにもならずに済んでいる。もちろん涙と感動の押し売りとも無縁だ。

そして、そのように抑制が効いているからこそ、炭鉱の栄枯盛衰と労働者間の連帯の切り崩し・分断という歴史が、実は今にも通じる普遍的な問題であることをじわじわと思い知らせてくれる。

ふつうの生活者同士が対立し、果ては憎悪をたぎらせ罵り合うことになる一方で、資本や国家は高みの見物を決め込んでいる。というか、彼らの用意周到な策略――「ストを必要としていたのは実は自由化(deregulation)を進めたい政府の側だった」と劇中で弁護士が語る――によって我々は敵対させられ修復不可能なところまで分断させられる。結果我々はどちらの側にあっても消耗し、権力が漁夫の利を得て勝利の高笑いに興じる。本当に、それは今も変わらない。日本でも、世界各地でも。

登場人物の造形と相関関係もよくできていた。主要登場人物の多くが「過去(当時)」の痛みや後ろめたさをなんらかの形で抱えている。視聴者は早いうちから、何かあるな、と折にふれて気づかされるが詳しいことは分からない。それが終盤に来て次々と明らかになるのだが、その持っていき方も巧みだった。引っ張り方が自然―ー本人の葛藤――で、嫌らしくない。最終的には事件の解決と共にそれぞれが自分の過去ときちんと向き合い、心的にも対人的にも清算していく方向に向かう。

主人公の家族を含め多くの住民を不幸に陥れた元凶、警察派遣の潜入工作員は意外な人物だった。最終話でついに主人公はこの人物を特定するに至り、しかも当人と真正面から「対決」することになるのだが、その決着の仕方がまた意外だった。韓国映画・ドラマだったら絶対ありえない!(笑)

最後まで抑制のきいたドラマだった。さすが英国、成熟した大人の国はやっぱり違うと唸ってしまった。

 

誰でも隠しごとはある。

そのような他人の秘密を知り得てもそれを表沙汰にできるのは当人だけ。

他人を断罪するよりまず、自分の暗部に向き合い落とし前をつける。

自分が赦されたいなら他人も赦さなければならない。

それを皆が各々実践できればこの世はもう少し生きやすくなる。

そんなことまで考えさせてくれたドラマだった。